「あなた、死ぬ気だったでしょう……?」
それは荒い息と共に吐かれた言葉だった。 その言葉にフォーエルは気まずそうに視線を逸らす。その様子見てアリアは自分の言葉の正しさを実感する。
「死なせて、なんて……あげない……。 生きて、償ってもらう、わ……!」
「俺が死ななくては、フィレンツィアを蹂躙した意味がなくなる」
「どういう……」
「どういう事だ?」
アリアの疑問は、それまで黙っていたハーバイルの王の言葉によってかき消された。 怪訝な顔をしてアリアとフォーエルを見ている。
フォーエルは少し困ったように王を見やり、それからアリアを見る。 言い逃れはできないとわかると小さくため息をつき、話だす。
「俺の名は、フォーエル・ダイン・カース」
それはアリアが前にも聞いた名前だ、だがハーバイルの王にとってそれはフォーエルの名前以上の意味があるのだとその驚いた表情を見てわかった。
「……噂の呪われた王子、か」
「そうだ、あんたと同じだな。 ハーバイル王」
アリアの頭上で交わされる言葉の重要性に改めて驚かされる。 国のトップと、敵国の王位継承者が、この場で対峙している。 わけがわからないでいると、アリアの戸惑いを察したのかフォーエルは困ったように笑う。
「『カース』とは古代語で『呪われし』の意味だ」
「どう、し……て……」
「俺の母親はアメジスタの王に無理やり手篭めにされた他国の王妃だ。 アメジスタに侵略され俺を産んだはいいがただの王の側室の一人として囚われの身になっていた」
「……」
「そして自分が死ぬ間際に王妃は息子にこう告げた『憎くて愛しいわたくしの息子。 ……呪いを差し上げましょう……貴方を傷つけるものすべてに報いがありますように!』とな」
そこまで話を続けて、フォーエルは何かから耐えるようにアリアを支える手に力を込めた。
「皮肉にも王妃の国ではまじないやら言葉が重要な国だった。 故に小心者のアメジスタの王はその呪いを試してみる事にした。 ―まだ幼かった俺を数人の部下に折檻させる事によって」
「なんてっ」
その言葉に脳裏にフォーエルの傷痕が浮かぶ。 あの傷はその時受けたものなのだ。 もう、一緒消える事のない傷跡だろう。
「なら、私がお前を殺せば、私は死ぬというわけか?」
「まさか!……この傷はこの女がつけたものだ、だが女は生きているだろう?」
そう言ってアリアに斬りつけられた頬を指差す。 すでに薄くなった傷跡だが新しい傷なので証明になる。
「偶然の重なりか、思い込みか……」
「お前は死にたいのか。 それこそアメジスタの王が求める事だろう」
「だからこそ、あんたが生き残ってくれたら、あの王は諂ってくる。 この呪いを本気で信じているからな……」
「……悪いが私は自ら死にたがっているものに剣を向ける趣味はない」
「どっちにせよ俺は司令官だ!」
投げやりのように叫ぶその声に、アリアは悲しくなる。
息子の死を願いながら、アメジスタの王は王子自ら戦場へと向かわせていたのだろうか。
視線を感じ、目線をフォーエルからハーバイルの王へと移すと、空と海の色の瞳と目が合った。 ぼんやりとこの人がティアイエル様が嫁いだ方なのだ、と思い出す。
「その者はどうする? 道連れか?」
「どうもしない、この女はフィレンツィアの女だ」
「だから、なんだ?」
「俺を憎んでいる」
搾り出されたような声だった。 まるで本当に苦しんでいるかのような。
最初から、死ぬ気だったのだ。 自分の目で己の死にふさわしい敵か見定めたら。
だからこそ、悲壮感はなく。 自分の終焉をいつかいつかと待ち望んでいたのだ。
「そんな事を理由に、死ぬ事に逃げないで……!……生きて償って」
「………アリア」
「死んだ事にしておけば良いだろう?」
「え?」
驚いたように顔をあげたフォーエルに王は近づくと、その長い黒髪を掴み剣で綺麗に切り取ってしまう。
「剣も置いていけ。 死体は判別不可能だと言っておこう」
「……どうして」
「殺すには惜しいと思ったからだ……行け! 見つからないようにな」
フォーエルは目を見開き、それから感極まった表情をすると、アリアを抱きしめたまま頭を垂れた。 すぐにアリアを抱えたままその場から離れる。
「5番目の部屋に隠し扉があるの……裏口から出られるわ」
「わかった」
王族と親しくしていた義理の両親のおかげで普通の人よりも城の内部には詳しいのが幸いした。 隠し扉を開くと階段を下る。 螺旋階段の一番下に木造の小さな扉があった。
あまり使われていないのか、なかなか開かない扉をフォーエルが蹴り破る。
城の裏側は黄金色の荒野が広がり、夜明けの太陽が二人を照らし出した。
フォーエルの手から下ろされ、地面にたつとしばしその光景に見とれる。
そっと手を握られ、驚いたようにフォーエルの方を見やると、真摯な瞳とぶつかった。
「俺と、来るか?」
「……私」
なんて事をしたのだろうか。 戦場を抜け出し、故郷に背を向け。 今、敵の人間と共に居る。 お互い共、愚かな事をしている。
「何も、ないわ」
「何が」
「あなたより、弱いし」
「俺が守る。 並大抵の男よりも強いと思うぞ」
「温室育ちだし」
「俺と正反対だな……」
「あなたを憎んでいる」
その言葉にフォーエルが息を呑むのがわかる。 瞳の奥が傷ついている。 そんな表情をさせた事が悲しい。 けれどもそれは偽りのないアリアの気持ちの一部なのだ。
「それでも、いい……生きて償えるなら、許してくれるまでなんでもしよう」
「っ……」
「……どうかしている」
「え?」
「お前が欲しくてたまらない、なんてな……」
そう言って少しだけ笑った顔は、少し儚く。 あの夜の彼を思い浮かばせた。 自然と抱きしめあう二人を包み込むように優しい風が吹く。
お互いを補う温もりが、どんな愛の言葉よりも雄弁にお互いの気持ちを伝え合う。
「アリア……」
名前を囁かれ、アリアはそっと顔を上げる。 フォーエルの顔が近づきアリアの目の端の涙をなめ取る。 そしてそのまま唇を優しく奪った。
荒野の真ん中で、手を繋いだまま前を見る。
すべてを失くした今、お互いしかない。 それでも離したくないと思う。
今はただ確かに見える空の果ての輝きに向かって歩き出した。
Fin