| BACK | TOP | NEXT |

 

 

 

 手を拘束されたまま自国の城の一室へと押し込まれる。 鎧は外され、何か隠し持っていた武器もすべて調べられ没収されてしまった。 背中を強く押されると為すすべもなく柔らかなベッドの上に倒れこむ。
 沈んだ体を抑えるように男の体が乗りかかってくる。
 本能的な恐怖に自由な足を使い逃げようとするが、逆に足首を掴まれる。

「離して!」
「自分の立場をまだ理解できないのか? よほどの愚か者だな」
「黙れ!」
「足も縛られたいのか?」

 その言葉にアリアが言葉を失うと、男はアリアの上から退く。
 それから立ち上がると鎧を取り外していく。 ずいぶんと軽装だが、司令官と言われれば納得がいく。だがなぜあんな前線に出ていたのか。

「名は?」

 上半身を起こした状態でどうにかして逃げる算段を練っていたアリアの頭にすぐにその言葉は理解できなかった。
 思わず無言で返すと、男は呆れたように振り向く。

「お前は言葉さえ理解できないのか?」
「あ、あなたこそ、自分の名前を名乗ったらどう!?」
「それはそれは、失礼した。 レディに対してずいぶんとした無礼を働いてしまった」

 レディという言葉を完全に嫌味っぽく男が紡ぐ。
 軍服の上着を脱ぎ、シャツの襟元を緩めるとアリアから少し距離を置き、座る。

「俺の名は、フォーエル・ダイン・カースだ」
「………アリア」
「苗字は?」
「ない、私は孤児だもの」

 その言葉にフォーエルはああ、と納得いった様子でアリアの容姿を見やる。
 フィレンツィアの人間は大抵金髪か、もしくは薄い茶色の髪に碧の瞳を持つ。 しかしアリアの髪は濃い茶色であり光の当たり具合でまるで翡翠が混じったようにも見える。 そして意思が強そうな漆黒の瞳はフィレンツィアの中では目立つ事この上ない。
 フォーエルが腕を伸ばすと、アリアの髪に触れる。

「私に触れるないで」
「それは困る。 これからすべてに触れようとしているのだなら」
「けだもの!」
「可愛げのない事だ、媚でも売ればいいものを」
「商売女と一緒にしないで!」
「女の武器を使えと言っているだけだ。 剣や弓以上の威力を発揮する事だってある」

 未だに髪に触れるのを止めないフォーエルの手と言葉に嫌悪感を募らせると、よりいっそう睨み付ける。

「汚らわしい」
「相当の温室育ちらしいな、拾われ子の割には」

 その言葉にアリアは何も言えなくなる。 アリアは運よく国王夫妻に見つけられその後子供の居なかった側近夫妻の養女にしてもらったのだ。
 普通の庶民よりも裕福な暮らしをしたといわれれば、その通りだ。
 だからこそ国の役に立ちたいと、軍の騎士団に入る事を志願した。

「まあ、強気な女も嫌いじゃあない。 屈辱に歪む顔は見ものだな」
「やめっ」

 やめろ、と言い切る前にベッドに押し倒される。 手が自由ではない事を今ほど怖いと思ったことはない。

「ずいぶんと剣を扱いなれている。 どれくらい鍛錬している?」
「答えたら、やめるの?」

 恐怖に自然とアリアの瞳に涙がたまる。それでも睨みつづける様子を男が面白そうに見やる。 喉の奥で笑うとフォーエルはゆっくりとアリアの首筋に顔を埋める。

「まさか」

 吐息を感じれるほど近づくと、首元を舐め上げる。 その感触にアリアの背筋に寒気が走る。 服の間から男の手が進入してくるとアリアは己の体が強張っていくのがわかった。

「………どうした?」

 急に大人しくなったアリアに訝しがりながら、アリアの肌から少し唇を離すとフォーエルは問いかける。 縄は気づかれないように外した、だが乱れた衣類の下の肌はただ震えるだけで抵抗といった抵抗はない。
 体を起こしアリアを見やると、唇をかみ締め瞳を力いっぱい閉じていた。 目の端から零れだした涙がシーツに染みを作る。耐えるのに必死で縄が解かれたことをわかっていないのだろう。

「アリア……おい!」

 名を呼ぶと、アリアの体が一瞬震え、フォーエルの方を無防備に見た。
 そして自分を見下ろす男の顔を確認し、それから自由になった手に気づく。
と、同時に殴りかかる。

「はっ、気づいたとたん、これか」
「お、前!」

 アリアの拳を軽くいなすとフォーエルはまたアリアの手を縛り上げる。
 二度目の屈辱にアリアが顔を高潮させ、声を荒げる。

「落ち着け。 お前に手を出しても面白みがなさそうだ。 もう寝ろ」
「!!」

 離れて安堵するのに、その言葉はアリアの自尊心を傷つけた。
 縛り付けた縄の結んだ先を引っ張られ、アリアはフォーエルの腕の中に納まる。
 じたばたと抵抗するが、抱き込まれて段々と身動きができなくなる。
 じんわりと疲労がアリアの体を襲い、体が重たく感じてくる。重たくなる瞼に叱咤をかけるが、うまくいかない。
フォーエルの静かな寝息が聞こえてくると、その無防備さに呆れを感じる。
 逃げられないなら、しょうがない。と自分を納得させるとアリアは意識を委ねた。






***






 唸るような声にアリアの意識が段々と現実に戻される。そうして開いた瞳の先には苦悶の表情を浮かべる端正な顔があった。
 寝ぼけた頭で記憶をめぐらせ、ようやく敵国の男だと合致する。
 だがこんな苦しそうに魘されている様子はまるで別人に見える。大量の脂汗に思わず額に手を寄せる。

(……縄が……)

 寝る前はアリアの手を縛っていたはずの縄が今はない。自然に解けたとは思いにくい。この場でこの縄を解けるのは、たった一人だ。

(……外して、くれた……?)

 今ならベッドを降りて壁にかけてある男の剣を取り命を奪う事も容易い。
 他に武器はなく、男は眠っている。
 だがアリアはベッドから降りず、魘される男の顔を見つめる。

(ダメ……寝首をかくなんて、それこそ……騎士道に背く)

 ようやく理由を得るとほっとする。そして安堵する自分に対して驚く。
 これではまるで、殺さない理由を探しているようだ。
 そんな事はない、とアリアはつい昨日あった争いを思い出しどうにか胸のうちを憎しみで埋める。
 だがそれは上手くいかずアリアは苛立たしげにベッドから降りると近くにあったタオルを取る。 それからベッドに引き返すと男の顔の横に膝をおって座り、汗をふき取る。

「……ん」
「っ」

 ちょうどアリアの方に寝返りをうったフォーエルの頭がアリアの膝に当たる。 と、枕と間違えたのだろうかあろう事か頭をアリアの膝の上に乗せてきたのだ。
 膝枕のような体制にアリアはすぐに頭を移そうとするが、人の体温に安心したのか徐々に穏やかになる寝息が聞こえ、伸ばした手を引っ込める。

「フォー……エル……?」

 初めて呼んだ男の名が空気に消える。返事を期待したわけではに、ただ口について出たのだ。 そんな自分に驚きながらアリアは幼子にするように漆黒の髪を優しく撫でる。
 一つにまとめられていた髪は今はほどけている。 意外と柔らかな感触だ
 長い髪を撫でるのを楽しんでいたアリアの手を伸びてきた骨ばった手が取る。

「……何をしている?」

 いつの間に起きたのだろうか、暗闇に光る紫の瞳がアリアを見ている。
 その表情に魘されていた残像はなく、ただ少し驚いたようにアリアを見ている。

「あなたが勝手に私の膝に乗ってきたのよ」
「……は、殺すには丁度良いタイミングだったのに、逃がしたな」

 自分が殺されたかもしれないと言うのに、逆にアリアをバカにするようにフォーエルが言葉を紡ぐ。 アリアは目覚めた男がまるで別人のように見えた。 一体何を考えているのだろうか。 仮にも自分の命を狙っている女を傍に置くとは。

「あなたなんて、寝首をかかずとも殺せる」
「大した自信だな」
「事実よ」

 そう言いながらフォーエルはアリアから視線をそらす。
 月に照らされた性で余計顔色が悪く見える。

「悪夢でも見たの?」
「……」
「魘されていたわ」
「お前には関係ない」
「あるわ。傍で唸っててうるさいの」

 その言葉にフォーエルはぼんやりとアリアの方へと向きかえる。
 未だに少し寝ぼけているのかもしれない、その瞳に覇気はない。
 フォーエルの腕が伸ばされるとアリアの腕を引っ張り、またも抱き込まれる。
 だが今回はまるで縋るかのように、アリアを抱きしめてくる。

「だったら……お前が俺を悪夢から救ってくれればいい」
「っちょ」
「生きている温もりが欲しい。 毎夜毎夜俺を誘う声がする……地獄へと……俺が、手をかけた」

 ぽつりぽつりと零れる言葉に、アリアは体の力を抜き、フォーエルの好きなようにさせてやる。 こんな風に抱きしめられたら。 敵なのを忘れてしまいそうだ。

「今夜だけ……」

 零れる言葉は段々と小さくなり、やがて静かな寝息へと変わる。
 その寝息がまた魘される事がないように、アリアは少しだけフォーエルへ身を寄せる。

「協定よ、守るわ。 ……今夜だけは」

 この夜が明けて、明日の朝がくれば、お互い敵同士だ。
 アリアには国王たちを守る義務があり、この男はその安全を脅かす外敵だ。 けれど今だけは、忘れていたかった。
 静かな夜を求めて、アリア自身も瞳を閉じた。
10th/Mar/05

 

 

 

| BACK | TOP | NEXT |