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 懐に暖かな体温を感じながら、フォーエルは目を覚ました。
 自分の腕の中でアリアが静かに寝息を立てている。

(……そうか、昨夜……)

 一時の情に流されるから、憎い自分を殺す機会をみすみす見逃したのだ。
 そんな女の愚かさを鼻で笑うと、ベッドから抜け出す。
 フォーエルが起き上がった所為でできた隙間から寒気が入ったのか、ん、と言いながら縮こまる。その様子に方までシーツをかけてやると安心したようにもう一度深い眠りへと入っていく。
 その無防備な表情にフォーエルは思わず拍子ぬけしてしまう。

(……なんなんだ、この女)

 己への憎しみを隠さずにらみつけてきた女とはまるで別人だ。
 最初から気に入らなかった。 男だけの戦場で剣を降り、あまつさえ己の顔に傷をつけた。 深い傷ではなく、すでに塞がっている。綺麗に切られたので痕もそんなには残らないだろう。
 アリアは知らないのだ、フォーエルを傷つけた事がどんな意味を持つのか。

 寒いのかアリアはベッドの中でもぞもぞと動くと、体温の方―フォーエルの方へと寄ってくる。フォーエルはその細い首に手を伸ばす。

(へし折ってやろうか?)

 殺意も何も感情もなく、ぐ、と力を入れる。
 だがアリアが起きる気配はない。無防備にもほどがある。
 呆れるように、今度はありったけの敵意をこめて、アリアを見る。

「!」

 丸まっていた体がばねのように跳ね上がると、アリアはすぐにフォーエルから距離をとる。その様子にフォーエルは感心したように声をあげる。どうやら敵意を向けられないとわからないようだ。

「……あなたは」
「なんだ?俺の名は教えただろう。 アリア?」
「知らない!」

 意地を張るかのようなアリアの様子を横目で見ると、フォーエルは立ち上がり己のシャツに手をかけ着替え始める。はじめはその様子をぼうっと見ていたアリアだがズボンに手をかけたあたりで顔を真っ赤にしてシーツの中にもぐりこんでしまった。

(免疫はないんだな……)

 目をそらせばいいだけだが、アリアの反応は一々大きすぎると思う。着替えが終わると、床に落ちていた縄を拾いシーツに包まっているアリアの手をとり縛り付ける。
 シーツから顔を出したアリアが暗に逃げる意思がない事を伝えようとするが、信用はできない。

「アメジスタからの使者が来次第、こんな馬鹿げた事は終わる」

 その言葉はまるで死刑宣告のように感じる。改めて敵である事をアリアに突きつける。
 何かを言いたいのに言葉にならず、酸素を呑んで終わる。
 俯いたアリアを背にフォーエルは部屋の扉を静かに閉めた。






***






(傷、だらけ……)

フォーエルの上半身は傷だらけだった。
 軍に身を置いている以上戦闘は避けられないものだ、けれどあの量は異常だと思う。
けれど傷はすべて古いものに見えた、新しい物はない。 背中に集中しいてる傷は剣で切りつけられたものとは違う、まるで鞭で力いっぱい叩かれ背中が裂けた痕のようだった。
 そんな事を考えつつ、アリアはまた縛られた手を見た。
 逃げない、と暗に訴えてみたがそんな事を信じるわけがない。敵同士なのだ。
 わかっていたことだ、不遜な彼を見ても、どうしても昨夜の弱弱しい一面が頭のどこかで掠める。
 この美しい祖国が危険に晒されているというのに、危機感が薄いように感じる。
 情勢が何もわからないのだ、地下牢にいた方がよっぽどいい。
 フォーエルの事など何も知らないまま、国の事だけを考えれたはずだ。
 それなのに、余計な事ばかりが頭の中を駆け巡る。

(敵よ、敵の……司令官なの)

 この争いを起こしている国の送り込んだ、敵。 そして自分は祖国に忠誠を誓った者なのだ。
 縛られたまま、手を頬へと当てる。
 先ほどの熱は収まったはずなのに、未だに頬は高潮したままだ。
 熱はない、けれど熱に浮かされているような気分になる。
 考えがまとまらない、この部屋に居てはダメだ。立ち上がると扉の方へ向かう、ノブに手をかけるが扉はびくともしない。
 なんて事もない、鍵がかけられているのだ。 その事実はアリアは笑いたくなった。
 ずるずると扉に背を預けると、床へとへたり込んだ。






***






 使者はまだ来ない。その事実にフォーエルは苛立たしげに息を吐く。一体何をもたついているというのだろう。 もう一度深いため息をつくと、無意識に頬の傷に触れる。
 その様子を見たフォーエルの隣に座っていた初老の男は奇妙な表情をした。

「どうした、グレン?」
「いえ……浅い傷でしたな」
「ああ……それでも久しぶりに自分の血を見たな」
「フォーエル様」
「なんだ?」
「……あまり、捕虜に深入りなさらぬように」

 その忠告はまるで予想していなかったもので、フォーエルは目を見開く。
 それからばかばかしい、と斬って捨てる。

「誰が、あんな奴のこと……」

 そう言う横顔を見ながらグレンはますます懸念を深めていく。 幼い頃から見続けていたからこそ、フォーエル自身でさえわからない変化を彼は敏感に察知するのだ。
 けれどこれ以上言っても逆にフォーエルは反抗するでけだろう。
 不安を押さえつけると、グレンはゆっくりと頷いた。

「それならばいいのです。 少々私も老いましたゆえ、心配性になったのかもしれせん」
「お前の心配性は元からだ。老いてなどいないさ」

 その言葉にグレンは皺が目立ち始めた口元に弧を描いた。
10th/Mar/05

 

 

 

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