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「……噂の呪われた王子、か」
「そうだ、あんたと同じだな。 ハーバイル王」

 男―フォーエルはあてつけのようにそう言う。 腕の中に女を抱いたまま、ぽつりぽつりと話し出す。

「『カース』とは古代語で『呪い』の意味だ」
「どう、し……て……」

 聞こえてきた声はフォーエルの腕の中にいる女性のものだった。 苦しそうな息だが、意識ははっきりとしているらしい。

「俺の母親はアメジスタの王に無理やり手篭めにされた他国の王妃だ。 アメジスタに侵略され俺を生んだはいいがただの王の側室の一人として捕らわれの身になっていた」
「……」
「そして自分が死ぬ間際に王妃は息子にこう告げた『憎くて愛しいわたくしの息子。 呪いを差し上げましょう……貴方を傷つけるものすべてに報いがありますように!』とな」

 男は何かに耐えるような表情をしている。 紫の瞳に自嘲が浮かぶ。

「皮肉にも王妃の国ではまじないやら言葉が重要な国だった。 故に小心者のアメジスタの王はその呪いを試してみる事にした。 ―まだ幼かった俺を数人の部下に折檻させる事によって」

 その言葉に腕の中の女が小さく非難の声をあげる。 どういう関係にあるかはアレクには検討も付かないが、女がフォーエルの事を想っているのはすぐに分かった。

「なら、私がお前を殺せば、私は死ぬというわけか?」
「まさか! ……この傷はこの女がつけたものだ、だが女は生きているだろう?」

 そう言って頬にある薄い傷跡を指す。 生きているとはいえ危ない所だったがな、とアレクは心の中で呟いた。 切りつけた本人が言うわけにもいかない。 けれどこの分にはいくらかは効力のある呪いのように思えてくる。
 けれど問題はそこではなかった。 アレクには男の意図が嫌というほどわかった、そしてソレに対して苛立ちすら抱いていた。

「偶然の重なりか、思い込みか……」
「お前は死にたいのか。 それこそアメジスタの王が求める事だろう」
「だからこそ、あんたが生き残ってくれたら、あの王は諂ってくる。 この呪いを本気で信じているからな……」
「……悪いが私は自ら死にたがっているものに剣を向ける趣味はない」
 
 右手に持っていた剣を鞘に収めながらそう言う。 もはや戦意もない相手に剣を向ける事は自分の中の義が許さない。

「どっちにせよ俺は司令官だ!」

 投げやりに叫んだ男の声はまるで泣いているようだった。 さてこの場をどうするかと考えていると、ふと、男に抱えられている女に目がいく。
 話している最中、フォーエルは一度も抱きしめる手を緩めなかった。

「その者はどうする? 道連れか?」
「どうもしない、この女はフィレンツィアの女だ」
「だから、なんだ?」
「俺を憎んでいる」

 苦々しそうに言う男はアレクは笑いたくなった。 死ぬ事に夢中で何も見えていないのだ。 女の気持ちも、自分自身の気持ちも。

「そんな事を理由に、死ぬ事に逃げないで……! ……生きて償って」
「……アリア」

 女の手が離さないといわんばかりにフォーエルの衣服を掴んでいる。 重傷を負っているとは思えないほど女の漆黒の瞳は強い意思を秘めていた。
 その瞳に、宝石のような翡翠を思い浮かべる。 殺す気はもう失せていた。

「死んだ事にしておけば良いだろう?」
「え?」

 呆けたようにこちらを見上げる男に近づくと、腰の剣を抜く。 体を硬くするが抵抗する意思はないのか、その場から動かない。
 膝を付き男の束ねられた髪を掴み、切り裂く。 あっという間に短くなった髪の毛に男は呆然としている。

「剣も置いていけ。 死体は判別不可能だと言っておこう」

 司令官の剣と髪の毛を差し出されれば、大体の部下はその死を悟る事だろう。

「……どうして」
「殺すには惜しいと思ったからだ……行け! 見つからないようにな」

 
 
「その者はどうする? 道連れか?」
「どうもしない、この女はフィレンツィアの女だ」
「だから、なんだ?」
「俺を憎んでいる」
「そんな事を理由に、死ぬ事に逃げないで……!……生きて償って」
「………アリア」
「死んだ事にしておけば良いだろう?」
「え?
「剣も置いていけ。 死体は判別不可能だと言っておこう」
「……どうして」
「殺すには惜しいと思ったからだ……行け! 見つからないようにな」

 打算もなにもない、心からの本心だった。 もはや出会う事はないだろう。
 男はのろのろと立ち上がると、女を腕に抱いたまま頭を下げ、扉の向こうへと消えていく。

 それを見送りながら、アレクはほう、と息をついた。
 アメジスタの呪われた王子との会合がまるで戦争が終ったかのような雰囲気をかもしだした。
 そう、初めからわかっていたはずだ。 戦では油断した方が負けなのだと。

 その気配に気づいた時にはすでに、遅すぎた。

「っぐ、ぅ……!」
「ぅ……ぁあ……」

 わき腹に走る鋭い痛みに、呻く。 体の中を鉄の異物が貫通する痛みに、脂汗がどっと出る。
 アレクを刺した男は自分でしていたにも係わらず、剣から手を離すとひどく怯えた様子でこちらを見ていた。
 ばか者が、と罵ると剣を抜く。 丸腰の相手が恐怖に目を大きくさせている。

「戦いにきたのならば、とどめまで、させ……!」

 荒い息の中、それだけを言うと逃げようと背中を見せた男を切りつける。 半分重力に任せたような剣が男を深く傷つける。
 絶命した事を確認すると、アレクはその場に膝を付く。
 剣を支えにして、やっとだ。

(……油断したか……)

 この痛みは自業自得だ。 わき腹周辺の服は真っ赤にそまり、黒い鎧の間からどくどくと血があふれ出ている。
 意識が遠のきそうになる。 その瞬間、激しい音と共に扉が開かれる。 戦う力はほとんどない。 刻々とアレクの命は流れ出している。
 それでも、軍人としての矜持がアレクを奮い立たせる。 感覚が遠のく中でゆっくりと立ち上がる。

(最後に……一度でもいいから)

『……待っています』

 そう言ってくれたティアラが脳裏に浮かぶ。 そうだ、彼女が待っている。
 こんな所で倒れるわけにはいかない。

 そこまで考えてアレクの視界が真っ白になる。 意識を失った体はバランスを崩すと床に崩れ落ちた。

6th/Jun/05

 

 

 

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