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 城に着くと、すぐさま謁見の間へとつれてこられた。
 重厚な扉が開いたその先はフィレンツィアとは比べ物にならないほど豪華なものだった。
 煌びやかなその場で、どうしようもなくティアイエルは孤独を感じる。 一歩一歩皇帝がいるであろう上座に向かい歩いていく。 その周りを護衛の兵士たちが囲んでおり、威圧感に潰されそうになる。
 ようやくたどりつき、ドレスの裾を持つとティアイエルはお辞儀をする。 挨拶の言葉が少し震えているように感じるがどうしようもない。

「歓迎します、フィレンツィアの王女様。 ……どうぞ面をあげてください」

 想像していたよりもずっと若い声だった。 もしかしたらティアイエルよりも若いのかもしれない。 ゆっくりと面をあげると、案の定ティアイエルよりも少し若いであろう青年が座っていた。
 濡れた黒髪の間から、優しそうな淡い青の瞳が覗く。
 皇帝は父親と同じ歳だったはずだ。

「はじめまして、第二皇子のエドワードと申します。 どうぞエドとお呼び下さい」
「皇子様……」
「父上はちょっと寝込んでいましてね。 歳には勝てないようです」

 まったく持って心配する様子を見せずに言う皇子に、ティアイエルはひっかかりを覚える。 ハーバイルには皇子が二人居るとは聞いていない。 だが彼は自分のことを第二皇子だと説明した。

「あの……貴方が、私の婚約者なのでしょうか?」

ぶしつけな質問だとはわかっていたが、聞かずには居られなかった。 楽しそうにエドワードが笑う。

「いいえ……私の兄と結婚してもらいます。 婚礼の儀は三日後です。 待たせる事になり申し訳ないですが、ゆるりと休まれてください」

 そう言われると兵の間を縫ってティアイエルの傍に来た侍女が、有無を言わせずティアイエルを導く。 抵抗する間もなく、慌しげにティアイエルはその場から立ち去った。






***






 王女が去った後、エドワードは兵たちにも去るように命じる。 そして深いため息が一つ零れる。

「やってくれたものだな」
「まあ、ずいぶんとお綺麗な方でしたし。 よかったじゃないですか」

 王座の後ろの物陰から出てきた人物にエドワードは親しげに語りかける。
 エドワードよりも五歳ほど年上の青年は、黒髪をかきあげると先ほどまで王女が立っていた場所を見つめる。

「病弱な振りをして、やってくれる」
「まさか兄上に婚儀を迫るなんて、思わなかったですよ。 断ってもよかったんじゃないですか?」
「あれでも皇帝だ、一臣下の俺が命令違反する事はできやしない それに皇帝は私が力を持つ事を避けたいのだ。 あんな小国の姫がなんになる……どちらにせよ、俺からは何もしないさ」
「さあ……けれど、あの姫は兄上が思うよりも強い姫かもしれませんよ。 もしかしたら良いお后になられるかも」
「エド、王位継承者はお前だという事を忘れるな。 私の仕事はそれまでに不穏分子を潰す事だ」

 何度も繰り返された言葉たちにエドは肩をすくめる。

「マリーが暴れるだろうなァ」
「ただのポーズだ」

 弟の言葉を切って捨てると、青年はその場を去っていく。 その背中を見ながらエドは、マリーも報われない、と一人ごちる。 そして自分もまったく報われないのだ。






***






 ティアイエルはハーバイルの香に包まれながら、初めて着る服の感触に驚いていた。 ずいぶんと柔らかい上に、暖かい。 寝所からは赤く染まる中庭が見える。
 フィレンツィアとは違う国。 空気も雰囲気も人間も、すべて違う。
 急に脳裏に優しい人々の笑顔が思い浮かび、一人な事もあってか涙が頬を伝う。 やはり一人くらい祖国から人を連れてくるべきだったのかもしれない。 そうすれば今この状態でこんなにも孤独を感じることはなかっただろう。
 明後日には顔も知らない男の妻になり、自由の羽がもぎ取られてしまう。
 逃げたい、と思う一方で理性が思いとどまらせる。

「逃げるなら、今しかない」
「誰?!」

 窓の方に意識を集中していた頭に突然低音の声がふってくる。 体を震わせ振り向くと、半開きの扉に凭れるように青年が立っていた。
 漆黒の瞳の間から覗くのは、深い青と淡い青の瞳。

(オッドアイ……)

 言葉では知っていたが、実際に見たのは初めてだった。
 するどい、まるで野生動物のような瞳はティアイエルが生まれて初めて出会ったものだ。
 黒髪、という事はハーバイル人だ。 警戒しながら、ティアイエルは目の前の人物を見据える。

「結婚間際の女性の部屋に、こんな夜更けになんの御用です?」
「これは失礼、ティアイエル王女」

 バカにしたように笑う男はティアイエルの素性まで知っている。 ますます警戒を深めると、男が一歩踏み出してきた。

「この国の皇子と結婚しても、何もならない。 神と父に呪われた皇子はすでに王位継承を破棄している。 ただの男と結婚する事になる」
「……貴方の言葉を信じる要素はありません」
「人の親切は信じた方がいい」
「たとえそうだったとしても、それは皇帝が言葉を違える人だと言う事。 ここで私が帰れば国に不利益を与える事になります……これは、確かに国同士の結婚なのですから」
「ご立派な心がけだ」

 男はまるでくだらないといわんばかりに、ティアイエルを見つめる。 男の顔を丹念に見てみれば、端正な顔立ちをしていた。 まるでどこか人間らしかぬ美しさのようにも思えた。

「貴方は……誰です?」
「いずれまた逢う。 だがその時はお互い苦い再会になる事だろう」

 そう言って男は踵を返すと、部屋を出て行った。 ぱたん、と扉が閉められたのが合図だったかのように、ティアイエルは床にへたり込んでしまった。
 気づかなかっただけで、思い威圧感が部屋には溢れていたのだ。

(……王族の一人……?)

 あの横柄な態度。 威圧感。 間違いないかもしれない。
 今更ながら恐怖を覚えると、震える足に叱咤をかけ、ティアイエルはベッドにもぐりこむ。
 暖かなはずの寝床が冷たく思え、緊張する心を落ち着かせようと瞳を無理やり閉じた。
3rd/May/05

 

 

 

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