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眩しい光を浴びて、アレクは起き上がった。
隣には無防備に昨夜妻になった女性が静かな寝息を立てていた。
運命を、静かに受け入れた少女。 昨夜の泣きそうな瞳を思い出す。
起こさないように静かにベッドから降りると、身支度をはじめる。
すぐに頭を占めるのは、軍の事とエドの王位継承の事についてだ。 いざとなれば自分が居なくなるのが一番良いに決まっている。 それをしないのはその後エドの周りに信頼できる人間がいなくなるからだ。
その内ベッドに寝たきりの”王”が国を指差し、滅ぼせ、と言う。 その命に従いアレクは兵を率いていかなくてはいかない。
「……アレ、ク?」
後ろで小さく響いた声に、少し驚きながら振り向く。 上半身だけ起こした状態の少女はアレクの表情を見て逆に驚いている。
起き上がったならば気配で気づくはずなのだが、まったくわからなかったのだ。
「ごめんなさい、邪魔をして……」
「もう少し寝ていていい……侍女が来るだろう」
部屋に自分以外の人物がいると言う事実に違和感を感じながらアレクはそう言う。 正直どう扱っていいか、わからない。
ティアラはその言葉を受けて、少し考えるとアレクを見た。
「私は、この部屋から出られるのですか?」
「侍女付きならこの城内は自由に歩ける」
「城の外へは?」
「貴女は大事な人質だ。 許されると思ったか?」
「……貴方はどこへ?」
「仕事がある。 それらをすべて言う義務があるか?」
他人に自分の領域を侵される事に慣れていないアレクの口調は厳しい。 冷たい瞳で見下ろすと、ティアラは俯いて小さく返事をした。
その小さな肩に対して憐憫の情がないわけではないが、アレクは無視をした。
アレクが身支度をしている間、ティアラはシーツに包まったまま俯いていた。 やがて支度が終わったのかアレクが扉に向かって歩き始めた。 扉をあけるとノックをしようとしていた侍女と目があう。
「外にでも連れ出してやってくれ」
そう命令を出すと、侍女は少し驚いたように目をまるくさせ、かしこまりました、と言った。
***
マイラと名乗った侍女はこれからティアラ付きになるのだと言った。 年齢も近いと見え、親しげに話しかけても帰ってくるのは冷たい義務的な答えだけだ。
改めて味方が居ない事を思い知らされる。 昨夜マリージェーンが言っていたように小国の王女になどなんの得もないのだ。
何をするにも侍女はついてくるらしく、ティアラの着替えを手伝った後は部屋の片づけをしている。
ベッドの上で暇をもてあましながら、窓の外を見つめる。
それに気づいたのか、侍女は不本意そうにティアラに近づき、外に参られますか?と尋ねてきた。
ティアラは顔を綻ばせながら、もちろん、と言うと侍女は少し驚いた顔をした。
「庭に行きたいわ。 ここからでも花が見えるの。 きっと綺麗なんでしょう」
「私もご一緒させていただきます」
太陽の下にでれる嬉しさに、一気に気分が高揚する。 と、突然扉がノックもなしに豪快に開く。
「ティアイエル、居る?」
「マリー様!?」
突然現れた赤毛の美女は、呆然としているティアラとマイラを見ると、大きくため息をついた。
「様はいらないっていったでしょ? ちょっとマイラ、今日は私がティアイエルを借りるわ」
「しかし、私はアレキサンダー様より」
「じゃあアレクに伝言よ、ティアイエルはマリージェーンと一緒に居るってね」
そうマイラに宣言すると、マリーはティアラの手をとり引っ張っていく。 引きずられるような形でティアラは部屋の外へと出る。 すれ違う人々が驚きを隠せない様子で二人を見ている。 時に好奇を孕んだ瞳にティアラは恥ずかしくなる。
対照的にマリーはまったく気にしないようにどんどん進んでいっている。
「マリー……?」
「何かしら?」
妹のアリエルとはまったく違う。 どちらが年上なのかぜんぜんわからない態度だが、この少女には似合っている、とも思う。
「私達、どこにいくのかしら?」
「そうね、庭に出ましょう」
「……ありがとう、連れ出してくれて」
「勘違いしないで、エドに言われただけよ」
そう言ってそっけなさげに逸らされる視線に、ティアラは胸が痛む。 エドの気遣いは嬉しかったが、それでも心細さは変わらない。
「あ……」
ふとマリーが小さな声を出して、立ち止まる。 丁度二人は屋外の橋の上を渡っており、マリーの視線はその下に注がれていた。
その視線を辿っていくと剣を片手に、訓練を指揮しているアレクの姿があった。
声をかけるでもなく、マリージェーンは静かに、だが感情をこめてアレクを見つめている。
「……マリージェーン、何をしている?」
視線を感じたのか、振り向いたアレクの顔は砂埃で少し汚れていた。
それはそれで精悍に見える。 アレクのオッドアイはマリーの隣に立っていたティアラに視線が移ると驚いたような表情になる。
「私がティアイエルを連れまわしているの、いいでしょう?アレク」
「かまわん」
それだけ言うと、アレクはすぐに訓練へと戻っていった。 その後姿を見つめるマリーは切なげだ。
「行きましょう」
「ええ」
寂しげな声に、ふと彼女はエドワードの婚約者ではないかと思い当たる。
昨日の会話ではそのように聞こえたが、実際の所は違うのだろうか。
「私、貴女の事、嫌いよ」
ぶしつけに、前を歩く少女に言われ、ティアラは俯く。 返す言葉は見当たらず、沈黙があたりを包む。
「貴女っていうより、立場が嫌い。 アレクが一生誰のものにも成らなければよかったって思うから、でも……」
くるりと突然マリーが後ろに振り向く。 赤毛が中を舞い、太陽の光をあびて煌く。
宝石を写したような、濃い翡翠の瞳がティアラを捉える。
「貴女の事はよく知らないから、これから知っていくわ。 どうせ貴女、ここに友達いないでしょう?」
そう言われ、差し出される手を見た時、不覚にもティアラは涙を抑える事ができなくなった。 一筋流れれば、あふれ出してしまう感情をせき止めようとするが、自分よりも少し小さなマリーに抱きしめられて、それもできなくなる。
この国に来てはじめて、ティアラは重荷をすべて投げ捨てる事ができたように感じた。
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