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 桜並木の続く丘を上がった場所に学校がある。 桜丘高校、と名がついているのだから当たり前かもしれないが。 グランドの端にも大きな桜の木が咲いている。

「綺麗……」

 一時見惚れた後、未空ははっとしたように現実に戻る。
 これから職員室に行かなくてはいけない。 入学式の日に急に熱を出してしまい、二日間寝込んでしまったのだ。 せっかくの初日だというのに、遅刻はしたくない。
 はじめての学校の見慣れぬ建物に未空は周りをきょろきょろあたりを見渡しながら、電話越しに告げられた職員室の場所を探す。
 途中すれ違う生徒の何人かが、ちらりと未空の方を見返すのは気のせいだと思いたい。
 未空の髪は下半分がゆるやかなウェーブを描いている―もちろん天然だ。 それに加えて少し色素の薄い瞳を前の学校ではカラーコンタクトを使い隠していたのだが、家に忘れてきてしまって今は裸眼だ。
 一応事前に許可は取っているので、校則違反にはならないが、目立ってしまう事この上ない。
 ようやく探していた場所を見つけると深呼吸をして扉を開ける。
 扉を開けた途端に視線すべてが未空に向く、急に緊張してくる。

「あの……」
「あら? あなた、もしかして転校生の?」

 開けた扉から一番近い席に座っていた女性が、柔らかく笑い話しかけてくる。 その笑顔に緊張が少しほぐれ、未空も小さく笑みを浮かべる。

「はい……あの、長谷川未空です」
「そう。 私は神谷桜子よ、あなたの担任のね」
「あ、よろしくお願いします」
「さあ、そろそろ教室に案内するわね」

 そう言って立ち上がった教師は未空の前を横切り、いきましょう?と声をかけた。
 担任の背中を追いかけるようにして入った教室で、いざたくさんの人間を前に立つと緊張感が浮かび上がってくる。
 和気藹々とした雰囲気の教室だが、どうしても自己紹介をする声が震えてしまう。 緊張気味に名前を言うと、つい俯いてしまう。 空いている席に座ってね、と言われ、未空は恐る恐る顔をあげる。 一応足を踏み出してみるが、空いている席を見つけられる気がしない。

「長谷川さん、私の隣、空いてるよ」

 そう言ってひらひら〜と片手を振ってくれた少女の隣の席はたしかに開いていた。 軽く会釈をして席につくと、ショートカットの活発そうな少女は興味深々に未空の方を向く。

「私、斉藤麻美。 麻美でいいよ。 未空って呼んでいい?」
「あ、はいっ」

 人懐っこい笑顔でそういわれ、未空は慌てて応じる。 自己紹介事態が不服な結果に終った今、これ以上の悪印象は与えたくない。 未空も緊張気味に笑う。

「日本人離れしてるよね? もしかして帰国子女とか?」
「いいえ、親戚に外国の方がいるのでちょっとだけ混じってるんです」

 すらりとでた嘘は、昔からずっと使っているものだ。 麻美はその言葉を疑いもせずに無邪気な笑顔でへーと言う。
 思ったよりも平静に受け止められ、未空は少し拍子抜けする。 色々と追求されない方が楽なので、自分からは何も言わない。

「うちの学校もこうやってグローバル化かな」
「他にも、いるんですか?」
「うん。 ハーフかな? クォーターかな? 忘れちゃったけど」

 海希といい、この辺はそういった人物が多いのであろうか?と未空は思う。 だが未空の存在がそれだけ稀有にうつらない現実はありがたくもある。

「その人はね、」
「そろそろ私語やめねーと、神谷に注意されるぞ?」
「え?」

 突然後ろから聞こえた声に、未空は自然と振り向く。 茶髪にメッシュをいれた短髪の男が楽しそうに笑っていた。 麻美はため息をつくと男をじと、と見つめる。

「大丈夫よ、月夜つきやみたく、うるさくないから」
「俺は荻原月夜、よろしく、長谷川さん」

 そう言って月夜と呼ばれた少年ははさわやかに微笑む。

「あ……よろしくお願いします」
「あ、浮気ー! 沙柚梨さゆりに告げ口しちゃおうかなぁ」
「残念、お前の言う事なんて、あいつは信じません」
「わかんないわよぉ、甘くて見ると捨てられるわよ。 むしろ捨てられちゃいなさい」

 二人の様子を見ながら仲が良さそうだなと思うが、ヒートアップする二人の声が大きくなると、突然教室に衝撃音が響く。 それが本が激しく机にぶつかった音だと分かったのは、正面を向いたときに担任の目の笑っていない笑顔が見えたときだ。  月夜と麻美は前を向いたまま、固まっている。

「もちろん話してる内容は授業の事よね? もったいないからちゃんとクラスの皆が聞こえるように話してちょうだい。 先生が今さっき、なんて言ったかもね」
「……えーっと」
「ちなみにテストにでるわよ」
「ええ!」
「そんな!」

 驚いたように担任を見る二人の動作がまったく同じなので、未空はつい小さく噴出してしまう。 担任も呆れたように笑いちゃんと聞いていなさいと言うと授業を再開させる。

「あんたの所為よ」
「うるせー」

 そう言い切ると、月夜は乗り出していた身を戻して、つまらなそうに窓に視線を向けた。 麻美も振り向いていた体を戻し、今度は未空の方を向く。

「ねー未空、お昼はお弁当? それとも購買?」
「あ、お弁当です」
「そっかぁ。 私も。 一緒食べよ」

 笑顔でそう言われ、未空も自然な笑顔を返した。 ようやく緊張感が抜け始めた。












***












 お昼の時間を告げるベルが鳴ると、麻美は大げさに両手を上にあげると体を伸ばす。 そして嬉しそうにかばんから弁当を取り出す。 未空もそれを見習い、今朝渡されたお弁当を取り出す。 笹良の手作りである。

「机移動しちゃおー」
「はい」
「授業が終わるとすーぐに元気になるのね」

 そう未空の背後から声がした。

深織みおり〜」
「私も一緒に食べてもいいかしら?」

 そう言って話しかけてきたのは、日本人形さながらの艶やかな黒髪を持つ少女だ。 切れ長の瞳も動作も大人っぽくて未空は思わず見惚れてしまう。 

「どうしたの?」
「いえ……すごい綺麗ですね……」

 つい正直な気持ちが口にでると、深織はぽかんとした表情で未空を見る。 そして小さく笑みを噴出す。
 ふふ、と笑う彼女はそれさえも大人びており、自分が幼稚な事を言ったような気がして恥ずかしくなる。

「な、なにか変な事を言いました?」
「だって……綺麗な人に綺麗って言われちゃったもの。 ありがとう」
「え?」
「え、って……可愛い性格してるのね」
「なんだか深織のその言い方魔女みたい〜」

 そう言ったのは、深織の後ろから現れた少女だ。 猫のようなぱっちりとした瞳がいたずらっ子のように輝く。茶色の髪はストレートで、毛先が自然なうちまきになっている。 椅子と机を引っ張ってくると、深織の隣に座る。

「……失礼ね」
「いただきまーす」
「いただきます、って……水上すいじょうは?」
「喧嘩中。 私、響華きょうか!よろしくね」

 深織の後ろから顔をだし、響華が未空に笑いかける。 どうやらいつもこのメンバーでお弁当を食べるらしい。
 当初感じた不安はすぐに溶けてどこかに行ってしまった。 おいしい弁当をつつきながら、未空は幸せな気持ちで皆と話す。
 緊張感からの開放からか、自分でもいつも以上に高揚しているのが分かる。

「ね、未空?」
「はい?」

 向かい合って座っている麻美が怪訝そうな顔で未空を見ている。 どうしたのだろうか、何か不手際を起こしたのだろうか、と少し不安になる。 未空の心配をよそに、麻美は未空の顔を覗き込むようにしてみる。

「なんか顔赤いよ?大丈夫?」
「え……大丈夫です」
「……ちょっと熱いわよ」

 深織の手が未空の額に触れると、その冷たい感触が心地よく感じる。 熱があるんじゃない?と続けられた言葉に未空はびっくりして首を振る。

「いえ、治りましたから」

 そう言って頭をふると、つきりと鋭い痛みが頭を駆け巡る。 熱がある、と言葉で言われると途端に今までの高揚感が、倦怠感に変わる。 頭がふわふわしているのは、幸せで、じゃなく―熱で?
 そう気づくと急に寒気を感じ意識が遠くなる。 遠いどこかで名前を呼ばれるのが分かったが、その声に応えることなく未空の意識は途切れた。
7th/Nov/08

 

 

 

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